広島市「横田印房」店長タガー(田頭)の「目指せ!ハンコ職人への道」

初めまして、横田印房の店長タガーこと田頭です。  横田印房に勤め始めたのが、2008年。 ハンコ職人の道へ進もうと思ったのが2014年、32歳の時。 友人の「タガーのハンコが欲しい」と言われたのがきっかけ。 日々、ハンコ職人を目指して、奮闘中!!

2015年07月

こんにちは、土曜日の夕方、外はものすごく暑い広島。
昨日から、ムシムシとして息をするのがしんどくなる(^^;


これで、梅雨があけて、本格的な夏到来を覚悟しなきゃいけないな~
と思いながら、店内でブログを書いているタガーこと田頭です。 


一昨日の9日にインターンシップ生が挨拶に来店してくれました。

毎年、インターンシップ生を受け入れている横田印房。
今年で5年目になるのかな??

毎回、僕が担当をさせてもらっています。


・・・正直、毎回悩むんですよ。
どういうカリキュラムで3日間の体験をしてもらうのか・・・。


ハンコ屋さんに将来、このインターン生は就職する訳じゃないでしょ?
だから、ハンコを彫る練習をしても意味がない。


意味が無いって言うのは、体験をしてもらうならいいんだろうけど
何時間もかけて、ハンコの彫り方を体験してどれくらいの経験値になるんだろう?
美術の時間に、篆刻を彫るのとあまり変わらないんじゃないか?


将来のために少しでも、体験や経験値を得て欲しい。
色々考えました。


インターンシップって結構単純な事をやらせたり、
単調な作業の繰り返しだったり 、
生徒さんから不満が出ることがあるという話も聞きます。


そこで、数年前から僕が導き出した答えが
「責任ある仕事をしてもらう」 



今年も
先方へ一人で商品を配達
電話の応対
認印の販売 
など、しっかりと責任ある仕事をして頂こうと思っています。

ちゃんと準備をして、出来ると思ったらすぐ実行して経験値を得てもらう。
当店の経験が少しでも、血となり肉となってくれたら本当に嬉しい(^∀^)


インターン生からすると、大変でしんどいかもしれないけれど
絶対社会に出てからの方が大変なわけで
今の内に責任のある仕事をしてもらう!!
事にしたわけです。

なにかあれば、僕がフォローするので、全力でインターンシップを満喫してほしい。
そう思っていますし、3日目の最初に伝えるつもりです。


未来のホープを預かるので、僕自身緊張しています(^^;
それでも、始まるまでにもっと準備をして、最高の3日間にしてもらえる様にしておかねば。

8月4日から3日間がインターンシップの期間なので、
それまでにしっかりと準備を整えて、迎えたいと思います!!
(2015.7.11) 

こんにちは、横田印房の店長 タガー(田頭)です。

横田印房の歴史を調べると決めてから
少しずつではありますが社長・会長から当店の歴史話を聞いています。

歴史を知っていくにつれ感じる事は
横田印房で働ける幸せ。

先輩たちが作ってきてくださったブランドと信頼を
僕もさらに磨いていけるようもっともっとレベルアップしていこう!!
そう決意を新たにしています(^^)


そう感じた歴史編纂作業。


今日は、横田印房が創業した時のお話。

横田印房は、
「明治29年、10月10日」に
広島市幟町65番地にて、
横田仙吉が創業したそうです。

明治29年は西暦に直すと、1896年。
このブログを書いているのが2015年7月4日なので、
今は119年目。
来年、120周年を迎えます!!

本当に広島と共に歩んでいるお店だと再確認。


ちなみに幟町65番地は今の住所には無い番地。
地図の赤丸の所ですが、今の場所より北に上がったところにあったようです。
今でいうと幟町小学校の体育館前あたりが幟町65番地だったとのこと。

幟町65番地地図

(赤丸の場所がだいたいの位置だそうです)


横田仙吉がこの世界に足を踏み入れるきっかけは友人。
当時橋本町にあった大野印房という印章業の友人、大野国太郎に勧められ
印判(ハンコやゴム印)の材料を提供する仕事を創めました。


その当時は、今の「横田印房」という名前ではなく
「ヨコタ印材店」と名乗っていたそうです。



当店の出発点は、印章店ではなく、
「印材」と「ゴム印」の販売。

ここからどうやって、今の業態になっていったのかを
さらに調べていきたいと思います!!

また、分かったらブログ更新しますね(^^)
(2015.7.4) 

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